村上春樹のエッセイ「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」という文庫本があるのですが、村上春樹の本の中では一番好きな本ですね。
前回感想を書いた「やがて哀しき外国語」はアメリカでの生活を綴ったエッセイで、それも良かったのですが、こちらは旅行記。
共通しているのは、普段行けないところを知ることができることです。ちょっと行った気分にもなれるのが好きです。
とてもかわいらしい本
冒頭でも言ったように、村上春樹の本は好きで、結構読んでるんですけど、これ一番好きかもしれませんね。
村上春樹と言えば、「ノルウェイの森」とか(初めて読んだ村上春樹本なんですけど、これ全然ピンと来なかったんだよなー)、「ねじまき鳥クロニクル」とか「1Q84」とか(いずれも未読ですが)、有名なのいっぱいあるけど、そんな中でこの本は、彼の著作の中では抜群に地味です。
でも好きなんですよねー。
文章というよりは、「本」として好きですね。
なんというか、かわいらしい本だと思います。ウイスキーについての本だけどw
先ず短い。すぐに読み終わってしまいました。そういったところも、先ずかわいらしいという評が当たっているように思います。
そして、タイトルがオシャレ。「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」ですもん。俺なら「ウイスキー大冒険」にしてる。
あと、村上春樹の奥様の写真が添えてあるんですけど、これがなかなか良い。ちなみに、「やがて哀しき外国語」で、奥様は村上春樹の旅行記の写真を撮ったことがあり、それが縁で彼女の写真がたまに雑誌などに掲載される、とあるのですが、おそらくこの本のことを言っているのでしょう。
スコットランドやアイルランドの、緑を基調とした美しい自然、そしてカラフルな街並み。その風景もまた、とてもかわいらしい。
ただ、この「かわいらしさ」は元々の風景がかわいらしいというのも、もちろんあるとは思うけど、村上春樹の奥様の目の付け所、そして写真への切り取り方がかわいらしいというのも多分にあると思います。
やはり、そういった、女性ならではの視点、センスと言ってもいいかな、そういうのって、絶対あると思う。
でまた、この、文庫に写真が挿入されてる感じがまた良いんですよね。ちょっとした写真集のような。中学か高校の頃に読んだ片岡義男の「彼らがまだ幸せだった頃」を思い出しました。こちらも、挿入される写真の感じが好きでした。
あと、文字の配置なんかも、すごく良くて。大抵の小説とかの文庫本は上から下までダーッと文字が連なってるじゃないですか。それがこの本では上と下のスペースが、ちょっと多めに取ってあるんです。そのバランスというか、余白がいいんですよね。
まぁ、文字数が少ないから本一冊の体裁を整えるために水増ししてるという事情もあるとは思うのですがw 結果、それが良いデザインとなってると思います。
そういった、本トータルとして、すごくかわいらしい作りになっていて、そういうとこがすごく好きなんですよね。
パブのおじさんへの愛情
もちろん、エッセイとしても、地元の人のシングルモルトに対する愛情がよく描かれていて、それも素晴らしい。それを見つめる村上春樹の、尊敬にも似た視点が、すごく良いんですよね。読んでると、ウイスキー飲みたくなる。
それと、村上春樹の文章によく見られるスノッブ的な、一種皮肉めいた、ナルシスティックで鼻に着くようなところが、このエッセイではほぼ見かけることがありません。そういったとこも、僕がこの本を特に好きな理由かもしれません。
で、この本にはそんな感じで、蒸留所で働くおじさんとか、魅力的な人がたくさん出てくるけど、特に心に残るのが、パブのおじさんです。
村上春樹が飲んでいたパブに、一人の老人がひょっこりやって来るんですけど、この老人について、村上春樹が色々と想像を膨らませるのですが、その描写がすごく印象深い。
村上春樹は、こういう、他人に自分の、ややもすると恣意的な印象を乗せるのがすごく上手いと思います。
そこにいる人が、あたかも村上春樹の小説の登場人物のようになってしまうんです。
孤独そうに見えるけど、それでいて、何というか、実に満ち足りた感じでウィスキーを一杯だけ飲む。
その感じがですねー、実に良いんですね。
その人物に対する村上春樹の持った好意的な、ややもすると憧れにも似た感情が、おそらくは何の変哲も無いおっさんに「価値」(と書くとえらい上から目線ですが、他に良い表現が思い付かないので、こう書いときます)を与えています。
もちろん、おっさん的にはどこ吹く風で、これはあくまで村上春樹の内部でのことなんですけど。この人はこうなのかな、ああなのかな、と思いをふくらませるのは楽しいことでもあります。
基本的に、村上春樹は「人好き」なんでしょうね。その感じが、文章を魅力的なものにしているように思います。