「ブリグズビー・ベア」は全編やさしさに溢れている感じで、悪人が一人も出てこない珍しい映画。
そういった意味でも、とても良い映画だったと思います。
そしてやはりマーク・ハミルはカッコいい。なんというか他の出演者に比べてオーラがある。…フォースでしょうかね?
主人公がポジティブでアクティブ、そしてジェントル!
主人公がとにかくポジティブ!
今まで彼が観てきた「ブリグズビー・ベア」が、実は偽の両親が作ったものだと知ったら、普通落胆すると思うんですけど、それどころか偽の父親をより尊敬するんですね。
そして、もう新作が見れないことを知ると、自分で作ることを決意します。
とにかく前向きで行動的なのです。
しかも、案外頭が良いんですねぇ。25年間も隔離された生活を送っていたので、確かに奇行が目立つし、世間の常識が通用しない面はあるんですけど、知らないことはネットでバンバン調べ、実現させていきます。アクティブ!
そしてやさしいんです。
自分の担当刑事が学生の頃演劇をやっていたものの夢破れたことを知ると、不思議そうに、自分の好きなことをやらないなんてもったいない、とつぶやいたり(やさしさとはちょっと違うかもしれないけど)、爆発事故を起こして送検された時に(これはジェームズが悪い。もっとも、悪気はない)他の面々が持ち込んだ酒やドラッグについても全て罪を被ったり。
おそらくこれは、ジェームズを誘拐した偽の両親の教育が良かったのだと思います。
確かに誘拐は犯罪なんですけど、子供のできなかった夫婦が出来心でやってしまったことであるっぽい。だから、根っからの悪人というわけではない、と思うんです。
だから、そんなジェームズと触れ合う回りの人たちも変わっていくし、皆最終的には彼にやさしく接するようになります。
ただ、ジェームズと肉体関係を結ぼうとした女の子に対して、結婚は嫌だからセフレになってくれみたいな発言をしたシーンは理解できなかったですねぇ(^^;; かなり失礼なことを言っているので、女の子の方がもっと怒るかと思ったら、そんなこともなく。あのシーンだけは全体の流れから完全に浮いていましたねぇ。
産みの父親と、育ての父親
実の父親がブリグズビー・ベアを巡ってジェームズと口論になるシーンがあるのですが、そこでこの二人は本当の親子に戻れたような気がしました。喧嘩ができてようやく家族というか。
最終的には、実の父親がありのままのジェームズを受け入れたい、と言ってジェームズが生きてきたこれまでの25年間を肯定し、映画作りに全面的に協力するんですけど、このシーンが良かったですねぇ。
父親と言えば、ジェームズが留置所にいる偽の父親の元を訪問したシーンも良かったです。
この二人もやはり親子なのだなぁ、と思いました。
偽の父親がジェームズを誘拐した経緯を説明しようとするのですが、ジェームズはそれを遮り、ブリグズビー・ベアの新作を作っているので、声が欲しい、と録音を依頼します。その時の父親の笑顔が良いんですよねぇ。ジェームズは誰も恨んでいないんです。
偽物でも好きを貫けば
恨んでいない、と言えば、その番組に出ていた女の子(今では母親になっている)を探して初めて会った時も、その女性が謝罪するんですけど、ジェームズはずっとあなたが好きだった、と言い、心の支えだった、と感謝の意を述べます。ジェームズの中では許す、という感情すらなく、本当に感謝していたのだと思います。
おそらくそれはジェームズが観て育った「ブリグズビー・ベア」がとてもよくできた番組で、なぜ良くできていたか、と言えば、偽の両親が真剣に子供のための教育番組を作っていたからだと思うんです。
誘拐した偽の両親だったけど、彼らの愛情もまた本物だった証でしょう。
作品を観たジェームズの妹の同級生の映像作家志望のイケメンが大絶賛したのも、この作品が非常な情熱を持って作られていたからで、それをわかりやすく表現していたのかもしれません。
あと、ブリグズビー・ベアの主題歌がやけに良い曲なのが笑った。
自分が本当に好きだったものは、それが「偽物」だったとしてもそう簡単には捨てられないし、好きなら好きと貫くことで強さが生まれるのかなぁ、と。