azzurriのショッピングレビュー

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僕が買ったもの、観に行った映画・ライヴなど、要は金を払ったものに対して言いたい放題感想を言わせてもらおうというブログです。オチとかはないです。※ネタバレありまくりなので、注意!

「真実」ネタバレ有り感想。婆さんスゲエ。

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是枝裕和が大好きで、ほとんどの作品を観ています。

そんな彼が「フランス映画」撮るということで、非常に楽しみにしていたのですがそれが『真実』です。

あからさまな感動はないんですけど、じわじわと心に沁み入る、そんな作品でした。

母娘の愛憎が一枚一枚、感情や出来事を丁寧に重ねられて表現されることによって、真実への皮が一枚一枚剥がされていく、そんな感じでしょうか。

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お婆さんがイラつくけど魅力的

今回、大女優であらせられるカトリーヌ・ドヌーヴを主演に起用したことで話題となっていましたが、彼女が演じるお婆さん女優がなかなか強烈でしたw

自分が悪くても悪びれず、ああ言えばこう、こう言えばああ言うし、自分は最高で、他の人間は全員クソと思っている。本当に鼻持ちならない婆さんですw

ただ、彼女の言葉は厳しくも本質を突いた言葉で、特にイーサン・ホーク演じる売れないおじさん俳優に語った言葉は的を射ているように思いました。

その実、彼女自身、虚勢を張っている言葉でもあり、実は、常に不安につきまとわれているようにも、特に後半感じました。

またそれは、それだけ全てを投げ打ってまで、演技に全てを捧げている覚悟を持っていることの裏打ちでもあると思います。

なんだか彼女の言葉には、反発心を感じつつも、感じ入るところがありました。

また、ちょっと面白いな、と思ったのは、このお婆さん女優は自伝を発売するのですが、その自著では嘘ばかり並べ立てているらしいんです。劇中、娘さんと口論が絶えないのですが、割とその自伝発信の口論が多いくらい。とにかく嘘ばっからしいんです。

でも、彼女が自分で口にする言葉は、多分全て真実だと思うんですよね。書いた言葉は嘘で、自らの口から語った言葉は本当。そこが面白いところで。

自分の身体から出る、直接語る人が前に居る時は本当のことを語るという。なんだかある意味誠実さを感じました。

これぞ是枝!という点が随所に散見

絵としての映画もまた素晴らしかったですねー。やたら綺麗なショットが多くて。ここらへんはさすが是枝裕和といったところで、彼の映画を観る時は、そこの楽しさもかなりのウエートを占めています。

もう、いきなり冒頭の庭の木のショットから最高でしたもん。木が風に大きく揺れているところはまさに是枝裕和

それは劇中映画でもそうで、「SF映画の撮影中」っていう設定なんですけど、そのセットがすごくカッコ良くて、モダンでお洒落。是枝裕和SF映画も観てみたい!とすら思わせるものでした。

映画全体としては、伏線の張り方がすごいし、要素を効果的に使っている。ここも是枝裕和の特徴ではないでしょうか。最後の孫の「脚本」は怖くもありましたけどね。あれは願望か孝行か復讐か。こういうふとした、「怖さ」を日常の中にわらないようにまぶしてくるあたり、是枝裕和らしさでもあると思います。

あと、女の子がめちゃくちゃ可愛かったです(笑) 「誰も知らない」とか「万引き家族」なんかもそうでしたが、子供を撮ったら是枝裕和は世界一だと思います。それが金髪の女の子なんだから、その可愛さたるや尋常じゃなかったですw こういうところもさすがだよなあ。

ついで役者ということで言えば、やはりイーサン・ホークはカッコ良かったですねぇ。子供たちと遊ぶイーサン・ホークは「8歳のボクが大人になるまで」のお父さん役を彷彿とさせました。カッコいいお父さんを演じさせたら右に出る者はいない、と個人的には思っております。そういうイーサン・ホークを観れたのも嬉しかったですね。

真実って何?

この映画の中で、記憶は当てにならない、という台詞がよく出てきたのですが、これは本当だと思いました。

まぁ、実際ホントにその通りらしくて、人間って一日一回寝てる時に、記憶の整理整頓するらしいんですね。

「あ、この記憶は要らないな」とか「これは要るでしょ」とかって感じで記憶の取捨選択してるらしいんです。それだけにとどまらず「これ、こうした方が良くね?」とかいって記憶の改竄まで行ってるらしいんです。

そういえば思い当たることがあって、俺が子供の頃、鶴田がディック・スレーターにジャーマンを打ったんですよ、チャンピオンカーニバルで。それが、記憶の中では画面左から右に打ったんですね。で、YouTubeでその動画があって、懐かしいナァなんてそれ観てみたら、画面右から左に打ってるんですよ。あれェ??ってなもんで。

そんな感じで、結構記憶の改竄って行われてるんですね。

で、ちょっと思い出したんですけど、以前「それでも僕はやってない」っていう裁判映画を観たことがあって、裁判って、人の記憶ベースで行われてるんですよね。知らなくてびっくりした。そんな曖昧な人の記憶を頼りに真実を決めているわけですから、裁判ってかなりあやふやな基盤の上に成り立ってるんだなぁと思ったのを覚えています。まぁ、裁判全部がそうじゃないんでしょうけど。

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そんで、話を戻すと、この「記憶はあてにならない」という台詞自体がこの映画全体の真実を見えにくくしている効果もあるし、何より現実世界においても、真実とは何なのか、それは曖昧模糊としてわからないことをももちろん表していると思うので、なかなか良い台詞だなぁ、なかなか良いテーマだなぁ、と思いました。