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僕が買ったもの、観に行った映画・ライヴなど、要は金を払ったものに対して言いたい放題感想を言わせてもらおうというブログです。オチとかはないです。※ネタバレありまくりなので、注意!

「ベルリン・天使の詩」ネタバレ有り感想。人間になりたがった天使!!

以前から観たかった、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン天使の詩」を、アマプラで配信が終わってしまう、というタイミングでようやく観ました。

どうしても、定番映画というものはこういうタイミングになってしまいますね(苦笑)

ま、兎にも角にも観ることができたことは良かったと思います。もちろん、素晴らしいだったからです。

 

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音楽映画

ほぼ全編がモノクロの映像。その映像と音楽がバッチリはまっていました。

音楽は、いわゆる映画音楽的なスコアもあれば、ロックもある(ライヴシーンもある)。そのどれもが素晴らしく、カッコ良く、音楽映画としての側面もあったようにも感じました

冒頭の空撮が素晴らしかったですね。音楽とのシンクロ具合も良かったし、音楽そのものも良かった。

 

あれは天使目線なんでしょうね。まだドローンがない時代、ヘリを飛ばしまくったんでしょう。今よりも不便な時代だけど、ある意味、今よりも贅沢な時代ですよね。あ、でもさすがに都市の上空はドローン飛ばすの難しいか、今でもw

 

天使

で、後になるとシーンによっては色が入るんですけど、そういうシーンは多分人間目線なんでしょうね。

 

あと、カメラ目線の人は天使なんだと思います。カメラ自体も天使の目線で、つまり天使であるカメラを見る人物は天使が見えている、という証拠なんでしょうね。

 

また、子供には天使が見えるようです。ここもまた、ステレオタイプだけど、「らしい」。そういった意味では「基本」をちゃんと抑えている、とも言えるような気がします。

 

また天使は基本微笑むだけです。声を出して笑ったり、ましてや爆笑なんてしません。そっと微笑むんです。これがね、実にらしい。

 

人間が爆笑する時、って基本的には誰かの不幸(大き過ぎる不幸ではさすがに笑えないみたいですが)を見た後だ、っていう言説をどこかで見たことがありますが、だとしたら、天使は爆笑しないで微笑むだけ、っていうのは実に的を射ているわけですね。

 

で、天使の一人が後に人間になるんですけど、人間になると歯を見せて笑うようになるんですね。これがですねー、確かに実に人間っぽくなるんですねー。

 

こういった、細かい演出も、天使らしさというか、そういうものを上手く表現している一因となっていると思います。

 

また、この映画の天使像が良いですね。

 

普通天使というと、子供っていうイメージだと思うんです。ところがこの作品では、割と歳の行ったおっさんおばさんが天使なんですねー。

 

この逆転の発想が良いし、なんとなくリアルさもある。…リアルも何もないですがw

 

そして、自分が一番この映画を好きになった点は、全体がやさしさに貫かれていたところです。人類愛というか。天使は人間を見守る存在らしいのも良いですね。

 

ドキュメンタリー?

それから映画が始まってしばらくは市井の人々が数多く映され、さながらドキュメンタリーのような様相を呈しますが、基本はみんな無表情です。

 

そりゃ人間、普段、普通に暮らしている時、特に物思いに耽っている時なんて、無表情ですよね。こういったところの演技指導というか、演出もリアリティありますよね。

 

で、その無表情の上に、各々のモノローグが被さるのがまた良いんですよねー。

 

まぁ、モノローグという時点で言っちゃうと芝居なんですけどw、やはり、そういったリアルな演出が効いてるのか、どこかドキュメンタリー感があります。群像劇というよりはドキュメンタリーなんです。

 

ベルリンの壁

ちなみにこの映画、1987年公開だから、ベルリンの壁崩壊前です。東西冷戦最中のベルリンが舞台というだけで、そこには何か、反戦のメッセージが内包されますよね。時折戦時中の記録映像が挿入されたりして、「リアルめ」な人間の生活(フィクションなので「リアル」と言い切ることはできないでしょう)だけでなく、歴史も描かれていました。

 

そしてこの映画が公開された後にベルリンの壁は崩壊するのですが、映像の中に、なんというか、その萌芽というか、何か胎動するようなものがある気がしました。

 

また、この映画がヒットしたことによって、この映画の存在そのものが、そういう世界的歴史的流れを作った一要素とも成りえていたようにも、ちょっとやっぱり思ってしまいますね。

 

視点の収縮と転換

物語の方はそんな感じで最初は様々な、不特定多数のベルリンに住む人々を描き、そこから何人かに絞られて群像劇となり、更にそこからサーカスの空中ブランコの女性へと主に対象は絞られ、そこから天使とその女性との「種族」を越えたラブロマンスとなるのです。

 

この、対象をグーッと絞り込んでいって、そして観察者にして守護者の側面もあった、いわば客観性の強かった天使の内面へと迫っていく、つまり主観となるわけですね。この視点の転換が非常にダイナミズムがあると思います。

 

そして、人間になりたがった天使が、人間になる演出もまた素晴らしい。

 

もう一人の天使と並んで歩いている。振り返ると、一人分の足跡がついている。

 

つまり、霊的な存在から人間になった、ということです。

 

すごくわかりやすいし、何かこう、ハッとさせられます。もう、彼は天使側ではない、人間側なんだ、という、ある種の喪失感もあるわけですね。と同時に、もちろん人間になれた、という喜びもあるわけですが。

 

人間になった天使

そして最後に天使と人間は結ばれるのですが、天使が人間になった後、なかなかサーカスの女性には会えません。

 

そのもどかしさが、それまでの、達観したような、沈着冷静だった天使が、焦ったり悔しがったりと、実に人間的な表情やしぐさを見せるのがまた良いんですねー。

 

見ているこちらとしてももどかしかったり、微笑ましかったりします。前半から中盤にかけて、ややもすると重苦しくなりがちだった雰囲気が、後半、天使が人間になってからは画面が主にカラーになったこととも相俟って、一気に楽しい雰囲気になるのです。

 

言ってみれば、一粒で二つ美味しい、違った魅力のある映画と言えるかもしれません。

 

コロンボ

あと、ピーター・フォンダがカッコ良かったですねー、やっぱり。全然前情報を知らずに見ていたので、ピーター・フォンダが出てきた時はびっくりしたし、嬉しかったですね。

 

しかも「ピーター・フォンダ」役で出てるのがまた良い。劇中では「あのコロンボの」ピーター・フォンダとして認知されていて、子供たちからは「コロンボ! コロンボ!」と声をかけられたり、空中ブランコの女性からは「刑事さん」と呼ばれたり、それがまた楽しい。

 

そして、実はピーター・フォンダも以前は天使だった、という超展開。これがまた良いんですねー。

 

ただ、ピーター・フォンダが元天使だというのは、含みを持たせていましたね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そこもまた良い。

 

ただ、やはり天使だったのでは、と思います(もちろん劇中で)。

 

決定的なのは、甲冑を売ったことを知っていたことです。偶然で「甲冑」というのは看破できないんじゃないですかね。