「2001年宇宙の旅」をですねー、よーやく観ました! アマプラで。
長年観たかった映画だったんですけどねー、ようやくですよ。これもアマプラで終わってしまうという状況になったからなんですけどね。
本来なら2001年の時に観たかったんですけど(実際、世の中的にもそんなキャンペーンみたいなのがありました)、2025年になってしまいましたねー。
でも観れた!
- いきなりの意表を突きすぎる展開
- 原始時代編
- 有名なシーンのオンパレード
- 道具とは暴力?
- 宇宙船のシーンで、ドリフのコントを思い出した。
- キューブリックワールド全開!
- 宇宙での生活シーンは長いのが重要
- AIの未来か
- 宇宙的時間?
いきなりの意表を突きすぎる展開
冒頭、いきなり真っ暗で何も移ってない画面の中、不協和音が延々流れ続けていました。
「故障か?」
と、マジで思ってスクロールを動かして先のシーンが表示されるか試してみたら、普通に表示されました。
故障ではない。結構な尺がその真っ黒い画面に取られていて、ようやく本編(でいいと思う)が始まるのでした。
いきなりド頭から意表を突きすぎる展開でしたね。
原始時代編
で、最初は世間的にも有名な原始時代(この表現も最早時代がかっていますが)のシーン。
ここで驚いたのが、類人猿の特殊メイク。よく見れば明らかに着ぐるみなのですが、口の開き具合が実に自然で本物みたいだったのです。
だから最初は本物なのかな、とも思ってしまったくらい。それくらいよくできていましたねぇ。他の宇宙空間でのシーンは大体タネがわかる感じではあるのですが、この着ぐるみだけはよくわからなかったです。
中の人間の口を使っているのか。それにしては口の部分がでっぱりすぎています。やはりメイクでそういうのを作ったのか。それにしては自然に開閉するし、中もリアルです。
何より、肉を食ったりしていました。その所作も実に自然です。いずれにせよ、すごいと思いました。
ただ面白いのは、子供は本物のチンパンジーっぽかったんですね。やはり、動物界では圧倒的な知能指数を誇るチンパンジーとはいえ、所詮はサル。サルに大人の演技を仕込むのは無理だったのでしょう。
しかし、子供なら適当にそこらへんにいればいいわけですから、本物でも事足りるのでしょう。
ところがですね、やはり、足の形が違いすぎます。チンパンジーは足でもモノを掴めるような構造になっていますが、着ぐるみの人間はベタ足。その対比が面白かったですね。
有名なシーンのオンパレード
そしていよいよモノリスの登場です。
「これが『あの』モノリスかあ」と、漫画とかでもすっかりパロディやらSFネタやらで使われ倒しているので、「本物」を見た時はやはり感慨深かったですね。
「あー」とか「おー」とかいうクラシックの発生での不協和音なコーラスを効果音としているのがえらい不気味で実に効果的でした。
ちなみに「モノリス」という呼称は劇中ではなし。
で、このモノリス、どうも本来は知性のない生命体などに、知性や自我のようなものを与えるものらしいのです。
かつ、どうやら「人工」(『人』が作ったものかどうかすらわからない。とにかく、劇中では何の説明もないのです。ひょっこり「ある」のです)のものらしい。
それで、ワーキャー叫んで騒いで肉弾戦をするだけの類人猿が、動物の骨を使うようになる、というこれまた有名な例のシーンが登場します。そして、その骨が高く放り投げられ、それが宇宙空間に浮かぶ宇宙船のシーンに、重なるように繋がります。例の超有名なシーンです。
これ観た時も感慨深かったですね。
道具とは暴力?
しかし思うに、この道具の「発見」なのですが、主に使われたのが、他の類人猿のグループとの戦闘においてでした。
それにおいて、道具を使うグループは使わないグループの一人を骨の武器で撲殺してしまうんですね。実はなかなかにしてショッキングなシーンだったのです。
それが「道具」の始まり、というのがこの映画での演出です。
ということはつまり、西洋人的には、道具とは「武器」なのでしょうか。なかなかにして物騒で、かつ「野蛮」ではないでしょうか。
せっかくモノリスが来て、知性を授かって、道具を使っても、その行為は野蛮であることに変りはなかったということでしょうか。
それを思うと、胡椒のために動物や他の人種を絶滅させまくった西洋人らしい発想ではあるな、と戦慄を禁じ得ません。
その後、どうやらハル(これまたSFネタで日本の漫画などで使われまくってる例のコンピュータです)も木星付近を浮遊しているモノリスに近づいたことで自我に目覚めたと思われるのですが、保身のため、乗組員全員を殺そうとしてしまいます。
ハルは知性があるとはいえ、元は人間が作った道具です。そんな人間が作ったものだからか、実に野蛮です。
宇宙船のシーンで、ドリフのコントを思い出した。
で、シーンは、前述した超有名なシーンをかまして、一気に400万年後くらいに飛びます。
そこでは人類は月にまで進出し、巨大な建造物まで作り、宇宙ステーションなんかも浮かんでいます。
ここからのシーンがなかなか良くてですねー、というより、多分ここからのシーンがこの映画を伝説的なものにしているように思います。
要は、宇宙での生活シーンが非常に丁寧に、事細かに、実存感たっぷりに描かれているんですね。それに、レトロフューチャー感が良い感じだし、レトロと言いつつも、今観てもそんなに古びていない。むしろカッコいい、ってのが凄まじい。
先ずは無重力シーン。無重力で浮かないように、特製の靴と廊下があるっぽくて、ちゃんと歩き方もそれっぽい。
また、無重力だから上下がなく、基本的には建物はそれを利用してか円形に作られています。まぁ、重力を生み出すには回転が必要で、だから円形なんですが。そんな感じで、それもリアルな設定ではあるのですが、撮影的に上手い作りになっているんですね。
一見歩いているのは人間のように見えますが、その実動いているのはセットの方という。回転するセットにカメラを固定し、役者はその円のセットを普通に歩いているだけなのでしょう。
だから、宇宙船の中をジョギングするシーンがあるのですが、なんか、なんというか、走り方が、変w いかにも、その場で足踏みしているような感じなんです。
まぁ、そんな感じで、見てて「なるほどな」と思いました。ドリフのコントを思い出してしまいました。ひょっとしたらドリフはキューブリックを観ていたかもしれないですね。そこからヒントを得てコントに昇華したのかもしれません。
キューブリックワールド全開!
他には食事シーン。ストローで吸ったり、皿にへばりつくような感じだったり、実にそれっぽい上に理に適った食事を出します。その無機質な感じがカッコいいんですねー。俺も食ってみたいと思いましたw
それに、こういう映画やアニメなどでは登場人物に「生きている」感を出させるため、食事のシーンは重要なんですね。
あと、何と言ってもセットや調度品でしょう。キューブリックならではのシンプルで洗練された建築や家具の類は今見てもめちゃカッコいいし、お洒落。何より、やはり未来感があります。
あと、縦型の映像ツールなどは現在のスマホにも通ずるものがあると思います。1968年の公開なのに、今尚色褪せないのは、とんでもないセンスだと思います。
極度に洗練され、清潔感の溢れる未来像は、ブレードランナーと真逆の世界観と言っていいでしょう。おそらく、ブレードランナーとかニューロマンサーのようなサイバーパンクがキューブリック的な未来感に対するカウンターだったと言えるのではないでしょうか。
そして、ここでの人々の所作や生活感溢れる描写が、未来を「現実」のものとして実存感を感じることができる作りとなっており、作品世界に入り込むことができるのです。
宇宙での生活シーンは長いのが重要
そして、なんとなく、この作品の前年に公開された「宇宙怪獣ギララ」にも割と似たような感じのシーンがありました。ひょっとしたら、公開年が先ということもあるし、キューブリックが参考にした可能性がなくもない。ないか。
そして、言っちゃうと、ここでのシーンは結構長い。それなりに重要なシーンもあるのですが、例えば地球にいる娘とのビデオ通話などは正直いらないっちゃいらない。でも、それを挿入することで、やはり登場人物にも家族があることを伝え、人物に深みを与えることに成功していると思います。絵空事の人物にはならない。
特にこういうSFのようなモロに絵空事の作品では、そういった、人物に深みを与え、その作品世界での生活を描くことは非常に重要だと思います。そうすることで、少しでも作品世界に「現実感」を与えるのです。
以前、岡田斗司夫はブレードランナーはオタクにとってのビデオテーマパークだ、と言っていましたが、やはりこの映画もブレードランナー同様、オタクにとってのビデオテーマパークの側面もあると思います。成りえている、と言った方が正確でしょうか。
AIの未来か
話の内容は、ざっくりと言ってしまうと以下の通りですかね。
月に伝染病がはびこっているエリアがあるという噂が流れ、人々は不安になっている。しかしそれはごく一部の関係者が流した嘘の噂だった。真実は、月のそのエリアでモノリスが発見され、調べてみると人工物であり、400万年も前からそこにあることがわかった。これはとてつもない大発見なので、一般的には知らせず、むしろ遠ざけるための嘘の情報だった、というのが「宇宙編」の大きな流れだと思います。
そして場面は更に18ヶ月後に飛んで、例のHAL9000を積んだ木星探査の船になります。そこでハルの挙動がおかしくなり、遂には人間に反乱を起こしてしまいます。
ただ、ここで船長みたいな人がハルを活動停止にするんですけど、そこでのハルが妙に人間臭いんですね。
ちょっと待ってください、とか、もうしません、とか、冷静になってください、とかw
その感じがちょっと面白かったんですけど、コンピュータ(今で言うところのAIだと思います)がそんなに人間臭いのが怖くもあるし、機能を切っていくに従ってどんどん知能が退化していく感じが憐憫を誘ってもいましたね。読んでないけど、噂に聞いた「アルジャーノンに花束を」を彷彿とさせもしました。
宇宙的時間?
そして、木星探査の真の目的がビデオメッセージによって明かされます。月のモノリスは木星に向かって強い電波を発しているので、それを調査せよ、ということらしいんです。
そして、宇宙空間を浮遊するモノリスを見つけ、それに船長は近づくんですけど、モノリスは船長に異次元を見せます(だと思う)。
ベルサイユ調の部屋にいつの間にやら船長はいて、鏡を見ると随分歳を取っています。そして部屋には食事をしている老人がいます。その老人は未来の自分の姿で、今度はいつの間にかその老人に自分がなっています。
更に、ベッドに寝ている老人がいるのですが、それも更に未来の自分で、またいつの間にか船長はその老人の視点になっているのです。
すると今度は新生児が浮かんでいます。そして最後には自分がその新生児になっていて、いつの間にか宇宙に浮かんで、地球を見つめています。
という感じでなんだか全くわけがわからなかったんですけど、なんとなく、かの名作「メッセージ」を思い出しました。
船長はおそらく時間を一気に同時に見晴るかしたのではないでしょうか。
だとしたら、逆に「メッセージ」の方がこの映画の影響を受けているのかもしれません。他には、なんとなく「インターステラー」を思い出してしまいました。
ただ、この映画、誰が主役なのかよくわかりません。思うに、原始時代、月、木星探査船、と三つの場面から構成されており、その場面ごとに主役が入れ替わっているのでしょう。
ストーリー的にはよくわからんかったのですが、映像的にはすごい映画だったと思います。
宇宙船やスペースコロニーの造形や、SFにクラシックを乗せた音楽など、さっき言ったみたいに後のSF作品、多大な影響を与えたことは疑いようがないですね。特にスターウォーズはわかりやすく影響受けてると思います。
これが1968年の作品だと思うと、驚愕ですよね。今観ても全然色褪せない。
