以前、「UN-GO」というアニメがノイタミナ枠で放送されていて大好きだったんですけども、その原作となったのが、なんとあの文豪、教科書にも載っていた坂口安吾の作品「明治開化 安吾捕物帳」でした。
アニメの方はちょっと捻って近未来の日本を舞台に、原作小説をカリカチュアして再構築したような、凝った内容、野心的な作品となっておりました。
当然、アニメの大ファンだったワタクシは「原作も読みたい!」と思い、買った次第であります。
ちなみに最近、NHKでドラマ化されましたね。主演の結城新十郎を演じるのは種市先輩こと仮面ライダーフォーゼこと福士蒼汰!イメージ通り!
ちなみにアニメでは勝地涼が新十郎の声を当てていました。こちらもカッコ良かった。めちゃめちゃカッコ良かった! 勝地涼、いい声してんなぁ。
今回は各話の簡単な感想など。
読者への口上
この前文は安吾のこの小説の「取説」みたいなものです。
安吾によると、この小説は推理小説ではなく捕物帖であり、より正確に言うと推理小説寄りの捕物帖らしいです。
多分、捕物帖とは、それほど綿密な仕掛けはなされていないものを指すと思われますが、それよりかは幾らか考えて犯罪や推理を作っている、といったところでしょうか。
この小説の基本的な構造も紹介されています。
要は、軽い気持ちでクイズを解くような気分で、自分も推理、というより犯人やトリックを予想しながら読んで欲しい、という小説であるようです。
舞踏会殺人事件
最初の方は前文であったような基本的な構造通りに進んでいきました。だからこの第一話も当初の企画に忠実な作品かもしれません。
ただ、続編も合わせて全て読み終わった後で言わせてもらうと、やはりその企画段階での構想や構造は、後々崩れていくことになります。
最初の構想を堅持していったら窮屈になってしまったと思うし、その崩れていくのが面白いのだから、これで良かったと思います。
この話は、仮装舞踏会での事件という超王道推理小説的な設定で、ケレン味に溢れていました。主人公探偵の結城新十郎の美男の描写も良かったです。
密室大犯罪
今回は密室を舞台にした話。第一話は政治が絡んだ(結果関係なかった)お家騒動舞踏会ものだったので、推理小説の王道が二つ続いたことになります。
と言って、前口上にあった通り、それほど大したトリックではありませんでした。
ただ、一回の話で、勝海舟の推理と結城新十郎の推理の二つを作らなくてはいけないので、実は結構凝った作りであると思います。
また、勝海舟の推理も、今回は、真面目一徹な人が思わぬ犯罪を犯すことはよくあることを見通していて、この小説が推理小説の形を借りた、人間を洞察した小説であることが既に現れています。
ああ無情
今回は女剣劇団が絡んだ男装の麗人モノ。これもまたミステリではよくあるテーマではないでしょうか。
ミステリにはケレン味は必須なので、坂口安吾はそのところをよくわかっていると思います。
ただ少し、はじめの三話で王道を揃えすぎたきらいはあるかなと。しかし、それだけに掴みはOK、という感じではないでしょうか。
今回は冒頭で、トリックは手が込んでいる、と書いてあるのですが、犯人は大体わかりました。当たらずとも遠からず、といったところ。
そういった意味で、動機もなんとなくの想像はつきました。ただ、細かいところのトリックはわからなかったですねぇ。
しかし、ちょっと「トリックのためのトリック」といった感じもしなくはなかったです。
今回のトリックを暴く際の新十郎の、完璧な故に穴がある、というのはさもありなん、といった感じ。
勝海舟の、完璧な相手だからと言って諦めることはない、というのに繋げていくのはさすが安吾、といったところでしょうか。
万引一家
なんか「万引家族」を思い出してしまうタイトルでした。未亡人の女傑が統率する名家に関する話。
呪われた感じを醸し出す演出などは、ミステリーとして王道ではると思いますが、独自色が出てきた感じ。
最終的にはこの名家の秘密を新十郎は明かさず、裁く必要なし、と判断。見逃した格好になります。
賛否はあるかもしれないけれど、安吾の善悪感が現れているようです。
これもまた凝ったトリック、というわけではないけど、ことの結末は全然予想できないものでありました(頭の良い人なら途中でわかったかもしれないけど)。
とにかく女主人がカッコ良い! 心意気に溢れているというか。
血を見る真珠
南洋冒険ものといった感じで、乱歩でたまに出てきたテーマであると思います。そういった意味では、これも探偵ものでは定番と言えるかもしれません。
ただちょっと、事件をこねくりまわした感はあったかな。複雑なのはいいんですけど、推理のための事件、といった感じ。
海女さんの描写がなんともエロい。女性をエロティックに魅力的に描けるのは小説家として必要な力量だと、個人的には思います。もちろん、男もエロく書けないといけない。
僕の大好きな漫画家・上條淳士は「男はエロく、女はカッコよく」をモットーとしているそうです。さすが、わかってらっしゃる。
石の下
基本的には囲碁をネタにしたものですが、郊外の田舎が舞台だったり、怪しい新興宗教が出てきたりと、これも割と推理物の定番的ネタと言えるかもしれません。
しかしながら、推理はわかったものの、最後に「石の下」という囲碁の手を図入りで解説していたのですが、今ひとつわからず。そしてそれがこの話とどう絡んでいるのかはわからなかったです。
気になったのでネットで調べてみたのですが、石の下は文字通り「石の下に宝がある」ということで使われただけらしい。
それに、最後、宝はあったのかどうか、その後のことは書かれていなかったのは、なんとなく尻切れトンボ感は否めなかったですね。
時計館の秘密
タイトルからしていかにも乱歩っぽい感じかと思ったら、幕末からが舞台ということもあり、世話物、といった感じでした。
気弱で真面目一徹が故にさんざん苦しい目にあった男が、ようやっと幸せを掴んだと思ったら、相思相愛となった妾が義理の娘であったという。
そして、意にそぐわず別れてしまった正妻(元の奥さんですね)と血を分けた娘が、今は貧民街に暮らしているという。
この設定だけでもカタルシスがあるんですけど、更にそこへ、この話の悪玉である、かつて一緒に暮らした元の女房(二番目の奥さんです)とその母親、更にはその二番目の女房の愛人が乗り込んでくるという、次から次へと災難が降りかかってくる展開は読んでてハラハラしました。
結末としては、ひねくれた勧善懲悪、全てが丸く収まるわけではないハッピーエンド、といった感じでしたかねぇ。
新十郎は事情を知り、犯人を検挙しない。このあたりは非常に安吾捕物帖っぽいですね。
また、事件のあらましが種明かしをされた時、それほど意外ではなく、はやり、といった感じでした。これもまたこの作品が推理ものではなく捕物帖といったところではないでしょうか。
そんな「事実」よりも、この話では人情の方が大事なのだと思います。
一力の人情、それを推し量った新十郎の人情。これが重要なんです。
しかしひょっとしたら、もっと重要なのは、この話の主人公の元正妻と娘が住む貧民窟の描写ではなかろうか、と思います。
ここの描写が、この作品中最も微に入り細に渡り描かれている上、最も活き活きとしていたんです。情景が目に浮かぶようで。
おそらく、安吾は貧民窟があったこと、そしてそこには、紛れもなく住んで生活した人がいたこと、これを忘れてはいけないと思ったのかもしれません。
誰かが書かなきゃ、そういった人たち、事実は歴史に埋もれてしまいますから。
俺だけは忘れない、というか。
覆面屋敷
名家の本家の長と、その嫡男が覆面を着けて暮らしている、という、これまたケレン味に満ちた内容です。
名門の家柄の相続問題という、およそ庶民には縁のない話だけに、逆に面白いです。今回の話が小説として一番面白かったかもしれません。
また、最後の勝海舟の言葉に、広い目を持たずに家柄という狭い視野しかなかったが故の悲劇だった、みたいな言葉は、なんか響きましたね。
この小説における勝海舟は結城新十郎の引き立て役に甘んじているのですが、深く鋭いことをも言うんですよね。
そこはさすが勝海舟、といったところと、逆にこれほどのことを言う勝海舟でも間違えることはある、という安吾のメッセージのようにも思います。
あんな大先生でも間違えるんだから、思い切っていこうゼ、というか。