「雨天炎天-ギリシャ・トルコ辺境紀行-」という村上春樹のエッセイがあります。
ギリシャとトルコの旅を綴った旅行記です。
しかし、どちらも一般的なイメージ、青い海だったり、煌めく陽光だったりのギリシャやトルコではなく、ドワイルドな、水曜ロードーショーか水曜どうでしょうかといった類の激しい旅の記録となっております。
「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」と同様、所々に写真が挿入されていますが、あちらは、ある意味とても可愛らしい旅行記、或いは「可愛らしい本」となっておりますが、こちらは相当タフでワイルドな本となっております。
どちらも随分前に刊行された本ですが、どちらもとても面白いです。
ちなみに僕は、ギリシャもトルコも行ったことないけど、イメージ的には、ギリシャもトルコも、割と好きです。
- ギリシャ編:意外!間抜けな村上春樹
- ギリシャ編:意外!淡々とした旅行記
- ギリシャ編:意外!俗な村上春樹
- トルコ編:村上春樹はトルコが大嫌い
- トルコ編:村上春樹は黒海が大好き
- トルコ編:村上春樹、仕事を投げ出す
- ワイルドな村上春樹
- 詩的な村上春樹
ギリシャ編:意外!間抜けな村上春樹
ギリシャ正教の総本山とも呼ぶべきアトス半島へ入るところから旅は始まります。旅の入り口といったところでしょうか。
しかし、一日一本しかない船に乗り遅れるという間抜けなスタートとなってしまいます。なんとか貨物船に乗せてもらうのですが、着いた港でバスに乗れずに一時間待たされるという体たらく。
なんとなくしっかりしたイメージのある村上春樹らしくない間抜けなスタートです。
しかし、らしくない間抜けさはまだまだ続きます。
旅行に行くっていうのに、傘を持ってこないんです。案の定、雨に降られ、濡れ鼠になり、披露も蓄積する、という痛い目に遭います。なぜ傘を持ってこなかったか。理由としては「ギリシャで雨が降るわけないだろう」という…。
アホですか?w
雨が降らない国なんて、基本的にはないでしょう。しかも、2000メートル級の山の側を通っていくのだから、天候は変わりやすいと考えて然るべきです。
案外考えなしだったんですね。でも、それが旅行記的には非常に良いスパイスになっていました。
村上春樹はよく道を間違えます。それにより予定が大幅に遅れて、どんどんひどい目に遭っていきます。
道もかなりワイルドになっていって、修道院も奥地にいくほどワイルドになっていく。予定もどんどん遅れていく。
どんどんワイルドになっていく旅は読み応え十分。
なんだか、「水曜どうでしょう」のようでしたw
ギリシャ編:意外!淡々とした旅行記
アトス半島は世俗世界とは一線を画した修行僧たちの聖域であるようです。
イメージとしては、比叡山延暦寺といったところでしょうか(比叡山全然知らないですけど)。
ただし、港には売店とかもあったりするようです。そこら辺のリアルな生活が垣間見れるのが旅行記の良いところ。
このエッセイはかなり王道な旅行記といった佇まいでした。
そもそも、アトス半島というかなりディープな場所の旅行記なので、そのままを記述した方が面白いという判断だったのかもしれません。だからか、このエッセイは村上春樹らしさはあまり前面には出てきません。
事実や感じたことを、割と淡々と描写している印象です。それだけに、妙なリアリティがあり、こちらも旅を疑似体験しているような印象で、実際すごく面白かったです。
ギリシャ編:意外!俗な村上春樹
まぁ、そんな感じでですね、こう言うと、ひょっとしたら失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、アトス半島のギリシャ正教の僧侶の人たちは、ある意味では非常に原始的な生活で、且つ非常に禁欲的な生活をしているんですね。
そういうところを村上春樹は訪れて、ある意味、生活を共にした(教会に泊めてもらって、食事も提供してもらう)のですが、正直、最後の方はかなり参っていたようです。
だから、旅行の最後に、アトス半島を後にしてすぐ、俗世間にまみれたレストランに入り、俗世間にまみれた食事を楽しむ、俗世間を漫喫し倒す村上春樹が非常に良かったです。
あれだけ俗世から遠ざかることを目指していた人がねぇ…、といった印象w ギリシャ正教の僧侶に比べれば、村上春樹は全然俗世に生きる人なのだなぁとw
ただ、旅行記の最後に、アトス半島が懐かしい、と言い訳のように書いていたのですが、それがなんか実感がこもっていたんですね。
そうだろうな、と素直に思えるとうか。
それはやはり村上春樹には珍しく、シンプルな旅行記がそう思わせるのかもしれません。
今回の旅行記では、教会の人にいただいた野菜とかチーズとかが、えっらい美味しそうなんです。味も濃かったそうで。
中にはいじわるな僧侶や感じの悪い僧侶もいたらしいのですが、とても優しくて親切な僧侶の方もいたそうです。
そういった人に触れたり、プリミティブな彼らの生活に濃厚な生を感じたり、村上春樹の旅したアトス半島には確かに得も言われぬ魅力があったのは確かです。
そういった旅、土地、生活の魅力、そしてこういったすごい旅行には、シンプルな文章の方が実感がこもるのだろうと思います。
トルコ編:村上春樹はトルコが大嫌い
で、トルコ編なんですけど、まー村上春樹の毒舌炸裂!といった感じw
先ずはトルコ料理の文句から始まるのですが、村上春樹的には、平たく言ってしまえば、とにかく食えたもんじゃないらしいんです(僕は食べたことがないので何とも言えません)。
で、まぁ、色々とトルコ料理の文句ばかり書き連ねた挙句「何もトルコ料理の誹謗をしているわけではない」と誹謗中傷する人の常套句を掲げる始末。
そんなに嫌なら行かなきゃいいのに、と思うのですが、まさかこんなに相性が悪いとは思わなったそう。でも、そこも含めて準備不足ですよね。この旅行記では、とにかく村上春樹の間抜けさが目に着きます。
で、まぁ、ずーっとトルコに対する文句ばっかり言ってるんですが、ハッカリというえらいハードなところに辿り着いたところで、それが頂点に達します。
もう、文句どころではない、罵詈雑言の限りが尽くされているんですw
ちなみに、ハッカリは絶対にキャンプしてはいけない危険地域らしかったが、知らなかったとはいえ、キャンプしてしまったらしいです。ホント、準備不足…。
それで思ったんですけど、この村上春樹の文章を読んで、誰がトルコに行きたがるでしょうか?(^^;; 僕は絶対嫌ですねぇ。
もちろん、これが書かれたのは1985年当時のトルコだから、今となっては色んな意味で参考にならないと思うけど、その当時、これを読んだ人の多くは、絶対にトルコなんか行きたくない、と思ったことでしょう。ハッキリ言って、アンチトルコ本となっています。
でも、確かに文句タラタラなんですけど、それがリアルな旅行記であると思うし、嘘はないと思います。
こういった旅行記で困るのは、当たり障りのない嘘を書かれることだと思うんです。その点、村上春樹の文句は(若干鼻に付くけど)現地で感じた正直な感想なのでしょう。
また、そういった不平不満を垂れ流す感じが、人間臭くて良くもあるんですね。
ただ、なんでそんな不平ばかりのトルコ一周旅行に踏み切ったか、というと、以前に来た時の空気感が良かったんだそうです。
気取り屋の都市型スノッブである村上春樹とトルコというのが全く結びつかないから意外ではあったんですけど、理由としては実にフワッとしたものだったんですね。
トルコ編:村上春樹は黒海が大好き
そんな感じで村上春樹の文句タラタラなトルコ編なのですが、トルコのパンとチャイと、黒海沿岸の魚料理は大絶賛でした。
文句と絶賛という対照的なその態度は、ある程度(今回は21日間)その国に入った人ならではのリアルな感想なのでしょう。
この本では、大体において村上春樹はトルコに対する罵詈雑言を垂れ流していたのですが、黒海沿岸は気に入ったらしく(それでも、文句タラタラだったのですが…)、そこに関しては好意的な記述が多かったですね。
イスタンブールやエーゲ海沿岸については罵詈雑言の限りを尽くしたり、「そんなに興味ない」と言う一方、普通観光客が行かないような黒海沿岸に関しては褒め称える。
この感じは、村上春樹のスノビズムが爆発した感じですね。
僕チン感性鋭いからこんなところの良さがわかっちゃうんでちゅー、といった感じでしょうか。
しかし、「あーごめんごめん君ら俗物にはわかんなかったかー」というのではなく、「ここホント良いから是非行ってみて!」といった感じの文章なんです。絶賛お勧め!といった感じ。
また、そのお勧めする文章がすごく魅力的なんですね。「あ、なるほど、確かに良いかもしれない」と思わせる類のものというか。ここらへんはさすがですね。
トルコ編:村上春樹、仕事を投げ出す
ただですねぇ、最後はえらい尻切れトンボで終わってるんです。これは正直いただけないですね。
しかも、トルコの国営風俗行って酷い目にあった、というところでおしまい。全くひどい終わり方なんです。
ギリシャ編は、さっき言ったように、最後に締めの文みたいのがあって、ハードな旅だったけど、今はひどく懐かしい、みたいな感じで終わっているんです。
ところがトルコ編はそんなもんなし。ひどかった、というエピソードを披露して、旅の途中で終わり。
多分、村上春樹はトルコに行ったはいいけど、あまりにひどくて思い出したくもなくなってしまったんでしょうね。編集の人は困ったでしょうね(^^;;
思えば、途中で仕事を放り投げた本を読んだのはこれが初めてかもしれないです。
ワイルドな村上春樹
しかし、スタイリッシュさを追い求め、典型的な都市型スノッブである村上春樹が、なぜギリシャのアトス半島やトルコ周回など、およそ似合わないワイルドなところに行ったのかは意味不明です(トルコに関してはフワッとした理由がありましたが)。
そのためか、全編に渡ってバラエティ番組的罰ゲーム感が漂っていて、普段の村上春樹の著作とは違った面白さがありました。
ひょっとしたら、村上春樹はイメージとは違い、随分タフな人なのかもしれません。ギリシャ編ではとんでもない、半サバイバルと言ってもいいような巡礼地巡りをし、トルコ編では銃口を突き付けられたりもしました。
そんな目に遭っても、旅を中止にしない。実はものすごい現地主義なのかもしれないですね。自分が一旦興味を持ったら、そこがどんなところでも行かずにはいられない。
詩的な村上春樹
ハッカリに入る手前での出来事が、読んでいて印象的なシーンがあります。おそらく村上春樹本人にとっても、印象的だったのではないでしょうか。
純白に、青い模様のついた花嫁衣装を着た女の子と、それを先導する男の子、更にそれを先導するおっさんがいたそうです。
結局、それが何なのかはわからなかったらしいんですけど、荒涼とした土地に現れた、一種幻想的な光景でした。
そういう、ふと、現実離れした美しい光景を描写し、またそこに目が止まる村上春樹の慧眼。
こういうシーンをスッと挿入するあたり、村上春樹はさすがですね。